2007 07123456789101112131415161718192021222324252627282930312007 09
実は先日ある転職雑誌の取材を受けた。
どうして、どうやって、何が目的で転職したかをインタビューを受けた。
で、近く雑誌に出る事になりました。
まあそれはよいとして、
まず転職適齢期について考えてみよう。

<よく言われる事>
転職適齢期でよく言われることは、それはもちろん「いつか?」という事。
結論を言ってしまうと「いつか?」なんてないと思う。
そう転職適齢期なんてなくて、転職したいと思ったときが適齢期なんだ。
ただそうはわかってても、そうは言っても内心それがどこかで踏ん切りつかない人が多いから転職適齢期を考えるのではないだろうか?

<何年でやめるか?>
団魂世代では会社を辞めるとは非常に一大事であった。俺にはよくわからないが、イメージとしては国家反逆罪並みではないだろうか?
そう、一度就職したらそっとやちょっとじゃ辞めない・・・みたいな感じで、辞める=その会社への謀反 みたいな。
最近ではさすがにそれはなくて、転職などに随分とある種の理解?みたいなものが出てきているが、それでも「少なくても何年は働かないと」とか、「数年いただけでわかるわけないだろ」みたいな考えがまだあるとよく感じる。
そして出てくる数字、つまり何年で辞めるかの数字だが、会社や転職・就職と関係なくて、ソースはどこかわからないが、例の三進数だ。
三日、三ヶ月、6ヶ月、三年、6年・・・・と。
あなたは何年目が適齢期と思いますか?

俺が思う適齢期を話してみよう・・・次へ

<僕的適齢期>
僕は4回くらいかな、転職した経験がある。
だが一度も「XX年働いたから辞める」という考えではない。
僕的転職適齢期は「その会社が自分に与える事が出来る事を与えつくした。または僕がその会社から吸収すべき事を吸収した」時だ。
これはどういうことかというと、
そもそもその会社に就職するにあたり、あらかじめ僕の中でのその会社の存在価値や役割が定義されている。
さらにそれを噛み砕いて言うと、会社は僕にとって僕のスキルや何らかの目的(何らかと言っているが漠然としたものではなく、すごい具体性をもったものだ)を達成するための手段なり通過点という意味合いだ。

なので、会社が僕に果たすべき役割を終えると、僕は次の会社へ行く。
それが何年か、何日か、何ヶ月かはほとんど興味がないしどうだってよい。
数日で目的が達成されれば、何のためらいもなく転職する。
それが僕的転職適齢期だ。

<反論>
だが、こういう反論をする人がいると思う。
「それはすごい自分勝手で会社があなたを雇ってくれているじゃないか、感謝すべきだし、ちゃんと社会的責任を果たすべきだ・・・云々」
はっきりそれに反論しよう。
そういう考え方は「ただの奇麗事だ」。
我々は資本主義社会で生きているわけで、会社というのは純然たる営利団体だ。やれどこかの大手がエコロジーやISOやISMSやプライバシーマーク、リサイクルなどなど、多くの社会的健全性の資格や団体、活動を行っているがそれらはただのCMであることを忘れてはならない。
会社とは営利団体だ。もしアナタが社長ならよくわかるはず。
そのような反論をしている間は幸せ者で、経営者にはなれないし、ビジネスもできない。

<言い訳>
辞めるにあたってこういう人もいる。
「でもなぁ、今のプロジェクト終えてからでないと・・・」
「あと数年働かないとだめじゃないかなぁ・・・」
もちろん、それに納得して転職しないのならそれはそれでよいし、僕は別に転職すべきというわけでもない。
ただ、それは自身に対する言い訳ではないかと思う。
何がいいたいかというと、目的意識をもっと明確にして仕事をすべきではないか?と思うし、それ(目的)に対して今の職場はアナタに何を与えるか?あなたは何を吸収できるか?ではないかということだ。
事実、数年働いても吸収できない人はできないし、出来る人は何年働いたからではない。何をしたかに重きを置く。

と、まあ、持論で
転職適齢期とは得るものがなくなった時ではないだろうか?

<おまけ>
もちろん、上司と喧嘩や激務や給料下がったというのは転職すべきかとは思う。あとストレスとかね。



冒頭 2007-08-07 Tue
今までいろんな仕事をしてきた。
今はコンピューターのエンジニアという仕事に落ち着いているのだが、せっかくの今までの就職、転職で得た知識をここで披露し、誰かの役に立てればと思う。

ということで、これから就職、転職についていろいろレシピを書いていこうと思う。

パチパチパチ〜♪